Buffet!!

During ZERO-1/Slapstick Trip

ダブクロ卓「What am I to you」の過去編二次創作。
天城と伊吹が修学旅行先で事件に巻き込まれる話。

どことも知れぬ闇の中で、白髪の男は弁舌をふるっていた。
「かつて君たちは人々に畏れられていた」
「それが今はどうだ。市民は人ならざるものを忘れ、のうのうと暮らしている」
男は芝居がかった口調と身振りで話を続ける。
「畏れを失い、力を失くした君たちに、私が新たな力を与えよう」
「集え、百鬼夜行よ。今こそ人々に君たちの恐ろしさを思い出させるのだ」
その言葉に応えるように、数多の妖怪が蠢いた。

 ***

「ここが京都か。駅前は結構、普通の都会って感じなんだな」
ボストンバッグを右肩に担いで、京都タワーを見上げながら天城が言う。
「そうだな。もっと京都!って感じなのかと思ってたけど、普通だな」
キャリーバッグを左手に引いた伊吹もそれに同意する。
「はは、京都!って感じ、ってどんなだよ。まあなんとなくわかるけどさ」
高校二年生の秋。天城と伊吹は、修学旅行で京都にやってきていた。クラスの全員で列になって、駅近くのホテルへと向かう。
「ホテルに荷物置いたら班行動だろ?最初は金閣寺。で次は……あーなんて名前の寺だっけ?」
「龍安寺だな。で、その後が清水寺」
天城の問いに伊吹が特に悩む様子もなく答える。
「おっさすが。お前がいるとしおり要らずで便利だな」
天城がニヤリと笑いながら言う。
「なんだそれ。まあいいけど」
伊吹はちょっと呆れた笑みを浮かべながら返事を返す。
ホテルに到着し、荷物を置いた二人は、同じE班の小林、鈴木とともに京都の街に繰り出した。

「おー、本当に金色だ」
金閣寺に着いた一行は池を挟んで金閣寺を見つめる。
「ここからだと紅葉と一緒に撮れていい感じだぞ!」
良い撮影スポットを見つけた鈴木は、スマホを取り出して写真を撮り始める。
「おー、確かにいい感じだな」
天城も同意しながら、並んで写真を撮る。
「伊吹は?写真撮らねえの?」
自身もリュックのポケットを探りながら、小林が尋ねる。
「あー別にいいかな。一回見たら大体覚えた。もしまた見たくなるようなことがあればググるし」
伊吹はしれっと言う。
「お前はまたそういうことを……!」
小林は呆れ顔だ。
「お前は情緒がなさすぎるんだ、あとデリカシーもない」
「あっ、おう、悪い」
「あんまりわかってねえだろ!」
小林のツッコミを聞いて、近くにいた天城と鈴木も笑う。
小林も本気で怒ってるわけではないので、まったくよーと呟いてあとは不問にする。
「せっかくだし、みんなで写真撮ろうぜ。それはさすがにいくらググっても見つからないだろうしさ」
天城は笑いをこらえながら伊吹に言う。
「引っ張るなよ」
伊吹は眉間にしわを寄せ、不服そうな顔をする。
「はは、じゃあ頼んでくるわ」
天城は近くにいた大学生くらいの男性二人組に声をかけ、四人は写真を撮ってもらった。
「お前もうちょっと笑えよな。なんで証明写真みたいな顔でピースしてんだよ」
撮った写真を見て天城が笑いながら言う。写真を見せられた小林と鈴木も笑う。特に鈴木はツボにはまったらしい。
「いや、苦手なんだよ、写真って」
「修学旅行中に、一枚くらい笑顔の写真撮ろうな」
天城がからかうように伊吹の肩をたたく。
「……善処する」
伊吹は渋い顔で答えた。

金閣寺を離れた一行は、次に龍安寺に向かう。
「秋の京都はどこも紅葉が綺麗なんだな」
天城が感心したようにしみじみと言う。
「ああ、すげえな」
伊吹が感情の伝わらない声で答える。
「お前本当にそう思ってるぅ?」
小林がツッコミを入れるが、思ってるけど、と言う伊吹の返答に、本当にツッコミ甲斐がないなとがっくりくる。そんな二人の様子を見て、天城はハハハと声をあげて笑った。
一方鈴木は、龍安寺でもいい撮影スポットを見つけると、熱心に写真を撮っていたが、一段落ついたところで外国人カップルに声をかけられたらしい。反射でカメラを受け取ってしまったものの、英語がよくわからなくてオロオロしている。
三人が遠目に見守っていると、気づいた鈴木が助けろよ、と口パクをする。
「はは、ちょっと行ってくるわ」
英語が得意な天城が助け舟を出しに行った。
残された伊吹と小林は、石庭を眺めながら待っていた。
少しして天城にそれぞれの名前を呼ばれる。向かってみると、金髪の外国人女性が笑顔で手を振っていた。
小林は戸惑ってもじもじしながら、伊吹はとりあえず無表情で手を振り返して近づく。
「お返しにって、今度は俺たちがこの人たちに写真を撮ってもらうことになったんだ」
天城が説明をする。
「なるほど」
伊吹と小林が納得したのを確認すると、天城は外国人カップルの女性にスマホを渡す。
「次は証明写真はなしだぞ」
伊吹の肩を小突いて、肩に手を回しながら天城は言う。
それに答えて伊吹は力強くうなずく。
が、結果はさっきよりは少しマシ、という程度だった。

そして修学旅行一日目の締めは清水寺だ。
清水寺へと向かう坂道は、土産物屋がたくさんある。定番の生八ッ橋、ご当地仕様のスナック菓子、かっこいいキーホルダーなど、各々が家族や友達への土産を探す。
「おい、見ろよ!木刀あるぞ!」
何軒目かの土産物屋の店先で、鈴木が木刀を見つけた。
「うわ、すげえな。俺買うわ」
天城が木刀を手に取り、目の前に掲げながら言う。
「いや、いらねえだろ」
それを聞いて伊吹はつっこむ。普段から大剣を振り回してるやつには必要ねえだろ、とは、オーヴァードではない二人の前で言えるはずないが。
「そもそも木刀は禁止だって先生言ってたぞ。多分没収される」
重ねて伊吹が言うが、どうせ旅行が終わった後に返してもらえると踏んだ伊吹以外の三人は木刀を買った。
「伊吹は?買わなくていいのか?」
小林が尋ねる。自分以外の三人ともが買っているのを見て、正直なところ少し欲しくなったが伊吹だったが、冷静に考えてみると使わないしいらないな、と思った。
そしてそれを正直に言って、小林に怒られた。

大分長いこと土産を見て回り、やっと清水寺にたどり着く。
天城たちは仁王門をくぐり、お堂や塔を眺めながら本堂へと辿り着く。
「清水の舞台から飛び降りるっていうけどさ、結構高いな。もっと度胸試しで飛び降りれるくらいの高さかと思ってた」
清水の舞台の上で、柵から乗り出すようにして周囲を見下ろしながら天城が言う。
「俺も」
同じようにして下を眺めながら伊吹も同意する。
「いや、お前らバカだろ」
舞台から見た景色をスマホのカメラに収めながら、鈴木は呆れ顔をしている。
「そうだ!景色だけじゃなくて集合写真も撮っておこうぜ」
柵から体を離し、天城が言う。
「お前、写真撮るの好きだな」
「ま、旅行って言ったら写真撮るもんだろ?」
伊吹の言葉に返事を返しながら、天城は周囲をキョロキョロと見回す。そして、大学生くらいの若い男性グループを見つけると、早速写真を撮ってくれるよう頼みにいった。
柵の前で四人で並んで写真を撮ってもらい、スマホを返してもらう。
撮ってもらった写真を確認してみると、やっぱり伊吹は証明写真のような顔をしていた。
「普段は普通に笑ってるのにな。なんで写真になるとこんなに仏頂面なんだよ」
天城が苦笑いをしながら、写真上の伊吹の顔を指差す。
「写真撮らないからさ、今試しに笑ってみ?」
小林が茶化しながら言う。
伊吹は「ああ」とうなずくと、しばらく神妙な面持ちをした。
「えっ、それで笑ってるつもりなの?」
笑う三人に囲まれて、伊吹だけが釈然としない顔をしていた。

京都の散策を終えて、ホテルへ戻る。
ホテルに戻ってから最初に起こった出来事は、担任教師からの説教だった。木刀は伊吹の予想通り没収された。
木刀を買った天城たちは、殊勝な顔で説教を受けている。一人木刀を買わなかった伊吹だけは我関せずという態度を取っていたが、「伊吹、聞いてるのか。同じ班のお前も連帯責任だぞ」と、一緒に説教を受けることになった。
十数分で担任から解放され、四人は部屋に戻る。
「いやー、怖かったなあ!」
説教中の真面目な態度は何処へやら、鈴木と小林は怒られたことが全く堪えていない様子だ。天城に至っては少し楽しそうですらある。
「納得いかねえ」
伊吹一人が不服な様子だった。
「機嫌直せよ。返してもらったら木刀触らせてやるからさ」
「いや、いらねえよ」
ふざけた笑みを浮かべながらの天城の申し出に、伊吹は冷たく言葉を返す。
「機嫌直せよ。俺の木刀も触らせてやるから」
小林が重ねる。
「あーじゃあもうそれで」
げんなりしつつ伊吹は答える。このままだとオモチャにされるだけだとわかったからだ。
「お前そこは俺にもボケさせろよ」
鈴木が怒ったフリをする。
「知らねえよ。晩飯そろそろだし部屋出るぞ」
「やべ、また怒られる」
四人はバタバタと部屋を出た。

そうして天城と伊吹は、みんなと一緒の夕食を堪能し、ホテルの大浴場を堪能し、枕投げを堪能した。
消灯時間が過ぎて、少しずつ周りから寝息が聞こえ始めてきた頃、隣の布団から天城が伊吹に声をかける。
「伊吹、まだ起きてるか?」
「ああ。いつももっと遅いからまだ眠れねえかも」
「確かにお前遅そうだもんな。じゃあもうちょっと話してようぜ」
それから天城と伊吹は声をひそめながら、しばらくたわいのない話をした。
「外国人に写真を頼まれた時の鈴木の焦りようめちゃくちゃ面白かったよな」
「あれは動画に残しておきたいくらいだったな」
「ググっても出ねえもんな」
「その話はもういいだろ」
と、修学旅行一日目の思い出を振り返ったり。
「そういや、夜の自由時間の時、隣のクラスの小野寺が広瀬に告白したらしい」
「へー。上手くいったのか?」
「いや、ダメだったって」
「そいつは残念だな。……伊吹は?好きな子とかいねえの?」
「特にいない。そういうお前は?」
「俺もいねえな」
と、たまには恋バナのようなことをしてみたり。

不意に会話が途切れ、しばしの間が空く。少しすると、あのさ、と前置きして天城が話しだす。
「中学のときは、まあほら、なんやかんやあってさ、修学旅行には行けなかったんだ。だから今すっげえ楽しい」
「うん」
伊吹は短く答える。いつもとは違うその返答に天城は小さく笑う。
「お前、もう眠いんだろ」
「ああ、うん。そうかも」
「じゃあもうそろそろ寝るか。おやすみ」
「ん。おやすみ」
二人はそのまま眠りに落ちた。

 ***

修学旅行二日目の朝、天城たちは朝食を食べ終えると、それぞれの班ごとにホテルを出発した。天城と伊吹の所属するE班は、午前中は嵐山周辺を散策する予定だ。
京都駅から一時間弱、路線バスに揺られ、一行は嵐山に到着した。
紅葉が水面に映る中、渡月橋を渡る。自然豊かな嵐山公園を散策し、野宮神社に立ち寄る。そこから、竹林の小径を通り抜けて天龍寺にお参りをする。

時刻は十四時を過ぎた頃。嵐山をたっぷり堪能した四人は、少し遅めの昼食を食べ終え、食事処の中で次の目的地を確認していた。
「次はトロッコ列車だろ。ここから駅までの道見とくか」
伊吹が地図を開く。開いた地図を確認していると、店の外から複数人の悲鳴が聞こえた。
その途端、天城は立ち上がり、「見てくる!」と言い残して店の外へと向かう。天城から一秒遅れて、伊吹も「俺も見てくるわ」と席を立つ。
店の外に飛び出した天城と伊吹が見たのは三体の河童だった。
天城が躊躇なくワーディングを展開する。
ワーディングが張られ、道ゆく非オーヴァードたちは意識を失う。だが、河童たちは天城の方を振り返ると、襲いかかってこようとする。
「この中で動き回れるってことは、俺たちの仕事だ。やるぞ」
天城は伊吹に声をかけると、両手の中に身の丈の半分以上はある大きな剣を作り出した。
「おう」
答える伊吹も、光の銃を作り出していた。
はたして河童たちは、天城と伊吹の敵ではなかった。
それぞれに一撃ずつお見舞いすると、あっさりと倒れたのだ。
「あっけないもんだな」
「ああ。一応、UGNの京都支部には連絡を入れておくか。後処理も必要だろうしな」
天城がスマホを取り出し、日本支部にいる只野茂武男に連絡を入れる。天城の権限では他の支部の連絡先まではわからなかったからだ。
「はい、只野です。天城さん、どうしましたか?」
電話口から只野の爽やかな声が聞こえる。天城は簡潔に状況を報告する。
「なるほど。わかりました。京都支部には私から報告しておきます。すぐに後処理のための人員が到着すると思いますが、それまではワーディングを維持したまま、待機していてください」
「了解です」
「修学旅行中なのに申し訳ありませんが、よろしくお願いしますね」
そう言うと只野は電話を切る。
「なんだって?」
「後処理の人たちが来るまで、ここで待機だってよ」
「了解」
天城と伊吹は短く言葉を交わす。まだ残党がいるかもしれないため、警戒を怠らずに待機する。
十分もしないうちに天城のスマホが音を立てた。天城はディスプレイに表示された名前を確認し、電話を取る。
「只野さん、どうしたんですか?」
「天城さん、大変です。京都全域で天城さんたちが確認したのと同じく、異形のような存在が出現しているとのことです」
只野からの情報に天城は驚きの声を上げる。
「一体一体は特別強くはないそうですが、いかんせん数が多く、京都支部でも対応に苦戦しているようです。伊吹さんも一緒ですよね?申し訳ありませんが、お二人の方でも動いてください」
「了解しました」
只野の言葉に天城が答える。
「現在わかっていることとしては、異形は人の多い、観光名所にて多く発生しているとのことです。しかし、急に大量発生したとなれば何か原因があるはず。その原因を突き止め、叩く必要があります」
只野は説明を続ける。
「私の方でも、京都支部から情報収集をしつつ、原因を探ります。天城さんの方で何か手がかりになるようなことがわかれば、お伝えください」
「わかりました。ひとまず倒せる妖怪を倒しつつ、原因を探ります」
天城はそう言うと電話を切り、伊吹の方を振り返る。
「なんとなく聞こえてたかとは思うが」
「妖怪退治、だろ?」
「そういうこと。敵は人の多い観光地に現れているらしい。まずは敵が出そうなところに向かって、倒しつつ情報を集めよう」
言いながら、天城はモルフェウスの能力でバイクとヘルメットを作り出すと、運転席に座り、片方のヘルメットを伊吹へと差し出す。
「ちょっと待て。一応、地図頭に入れとくわ」
伊吹が嵐山周辺全域の地図を取り出し、数秒間眺める。ノイマンシンドロームを持ち、中でも記憶力に秀でた伊吹にとっては、それで十分だった。
「よし」
伊吹は地図をしまう。
「さすが。早いな。ナビは任せたぞ」
改めてヘルメットを差し出しながら天城が言う。
「おう」
伊吹はヘルメットを受け取り、覚悟を決めるとタンデムシートに腰掛けた。

少々荒い天城の運転と的確な伊吹のナビゲートによって、最短ルートで嵐山周辺の観光名所をもう一度回り、十数体の異形を倒すことができた。
どの異形も古来から伝わる妖怪の姿をしており、戦闘スタイルも伝承に沿ったものだった。その情報を只野へ共有するため、伊吹がメールを送る。
「嵐山周辺は一通り回ったよな。さて、この後どうするか」
只野にメールを送る伊吹を横目に天城が言う。
「出てきた妖怪を倒してるだけじゃ埒が明かねえからな。只野さんの方で何かわかってればいいんだが」
伊吹が天城に返事を返したところで、スマホが鳴る。只野からの連絡だ。
「只野さん、伊吹です」
伊吹が電話に出る。
「伊吹、スピーカーにしてくれ。その方が早いだろ」
天城の言葉を受けて、伊吹はスマホを耳から離し、設定を変える。
「伊吹さん、情報の共有ありがとうございました。京都支部からの情報も鑑みて、今現れている異形――妖怪たちは、伝承から生まれたレネゲイドビーイングだと推測されます」
「レネゲイドビーイング?」
UGNエージェントになって日が浅い伊吹は、疑問符を浮かべる。
「レネゲイドビーイングというのは、レネゲイドウイルスが意志を持った存在の総称です。京都各地に伝わる妖怪の伝承がレネゲイドの力で姿形を得た存在、ということですね」
「なるほど」
「京都支部によると、元々彼らは京都各地に存在していたようです。ただ、昨今の妖怪なんているはずもない、という風潮の影響か、人間に危害を加えられるほどの力はなかったと。せいぜい、姿を見せて人を驚かせるくらいの存在でした」
「今の状況と噛み合いませんね。……つまり」
説明を聞いた天城が納得したように言葉を発する。
「ええ。妖怪たちが強くなった裏に、おそらく何者かの思惑がある」
只野が、天城の言葉を引き継いで結論を告げる。
「誰が、何を企んでいるのかはまだわかりません。ですが、大元を叩かなければこの妖怪騒ぎは続くでしょう。これは私の推測ですが、元凶の人物は妖怪の発生しているどこかの観光地にいる可能性が高いでしょう。この事態を引き起こしている彼、もしくは彼女からしたら、その結果を自分自身の目で確認したいはずです」
只野がその優れた頭脳でプロファイリングした結果を伝える。
「どこにいるかまではまだわかりません。ですから、お二人には京都の中心部付近に移動していただきます。中心部からなら、どこへでも比較的向かいやすいでしょうから」
「了解しました」
天城と伊吹は声を揃えて言う。
「もう四時半を過ぎました。一時間もしないうちに日が沈む。彼らが妖怪を元にしたレネゲイドビーイングであれば、夜の方が強力になる可能性もあります。くれぐれも気をつけてくださいね」
そう言い残して、只野は電話を切った。
「よし向かうか。ナビは任せたぞ」
「ああ」
伊吹は京都全域の地図を一目確認すると、天城のバイクの後ろに座った。

道中でも数体の妖怪と交戦しながら、一時間と少しかけて二人は京都市の中心部へと辿り着く。
太陽はすでにその姿の山の陰に隠し、満月が空を照らしている。妖怪たちの時間はもう始まっている。
「さて、と」
一度バイクを止めて振り返り、天城が言う。
「只野さんの方で何かわかってればいいんだが」
そう呟きながら天城は通信端末を取り出す。
その時、ちょうど只野からの連絡が入った。
「只野さん!何かわかりましたか?」
「いいえ。しかし、元凶と思われる人物に動きがありました。説明するより見ていただいた方が早い。今、画面を共有します」
只野がそう言うと、天城の端末に何かの映像が映し出される。

どこか暗い場所で柱を背にしながら、白髪の男がカメラに向かって話している映像らしい。
男は大仰な身振りと手振りで語る。
「つまり、今この配信を見ている諸君は歴史的な瞬間を目にすることになるであろう、ということだ」
「我々の住んでいる”アタリマエ”の世界を変える大事件だ。もちろん、遅れて日本中、いや、世界中が知ることになるだろうけどね」
白い髪をかきあげながら、男はくすくすと笑う。
「昼間の妖怪騒ぎを知ってる人もいるかもしれないね。あれは前哨戦だ。これから諸君は……そう、なんと百鬼夜行を見ることになる」
「人々は思い出すだろう。未知なる存在を。神秘を。恐怖と憧憬を」
「そして帰ってくるんだ。妖しく美しい、魑魅魍魎の世界が!」
男は高らかに宣言する。
「あと少し、あと少しだ。もう少し夜が深まれば、諸君もさらに多くの妖怪の姿を目にすることができるだろう」
「今日の百鬼夜行は夜通し行われるだろうね!何百年ぶりかのお祭りだ。楽しもうじゃないか!」
「さて、それではまた、彼らが集まってきたときにお会いしようか」
その声を最後に配信は終わった。
タイムリミットまでに彼の欲望を挫けなければ、その時はこの街が百鬼夜行に埋め尽くされてしまうのだろう。

画面の共有を解除して、只野が口を開く。
「外見情報を照合しましたが、UGNのデータベースに登録されているオーヴァードに該当する人物はいませんでした。ですが、妖怪騒ぎに関わっているような発言を本人がしていますし、オーヴァードではあると見て良いでしょう。最近覚醒した可能性が比較的高いですね」
只野は天城や伊吹の返答を待たずに続ける。
「彼の正体について、もう少し分析することも可能ですが後に回しましょう。まずは居場所です。彼が妖怪たちになんらかの手段で力を与えている可能性が高い。彼を倒せば妖怪の動きも鈍くなるでしょう」
「そうですね。確かに黒幕のヤツの居場所がわかれば……。只野さん、居場所の解析をお願いします。俺たちはヤツがいるかもしれない場所を総当たりして……」
天城が答えるが、その言葉を伊吹が遮る。
「いや、その必要はない」
「おいおい、ことは一刻を争うんだぞ。無駄打ちの可能性が高くても俺たちも調査した方がいいだろ」
「清水寺だ」
「は?」
「ヤツの居場所は清水寺だから、適当な場所を総当たりする必要はない」
伊吹は迷いのない様子で言い切る。
天城は伊吹が何をどう考えてそう思ったのか、全くわからなかった。だが、説明を聞く時間も惜しい。
「確信があるんだな。わかった。理由は後で聞く。今は清水寺に向かおう。それでいいですよね?」
「わかりました。向かってください。宛てが外れた時のために解析も行いますが、清水寺を第一候補を考えて京都支部にも増援を要請しておきます」
只野は最後に二人の身を案じる言葉をかけ、通話を切った。
「清水寺だな。地図はもう一度確認しなくていいか?」
天城はスマホをしまいながら、伊吹に尋ねる。
「大丈夫だ」
「じゃあ行くぞ」
「おう」
そして二人は、昨日に続いて清水寺へと向かうことになった。

清水寺へとつながる坂に辿り着くと、二人はバイクを降りて坂を駆け上がる。
少し前に閉門時間を迎えた清水寺に向かって走る二人の姿に、すれ違う人々はみな、少し不思議そうな顔をする。
だが周りの目を気にしている場合ではない。そのまま五分ほど走ると、清水寺が見えてきた。
閉門後の入り口は、三角コーンとバーで立ち入りが禁止されていたが、お構いなしに飛び越える。
「それで?清水寺なのはいいけど、清水寺も広いぞ。どこに行けばいいかわかってるのか?」
「さっき配信していた場所でいいならな。本堂──大舞台だ」
「了解」
天城と伊吹は仁王門をくぐりぬけ、お堂や塔を横目に走り抜ける。
既に人のいなくなった清水寺には二人のほかに動くものはない。月明かりに照らされた紅葉だけがそよそよと輝いている。
無言で走り続けて、清水の舞台に辿り着く。
舞台の真ん中には、一人の男がいた。その周囲には鬼や天狗、化け狐に猫又、そして天城や伊吹が名前も知らないような妖怪たちがいた。その数は十や二十では足りない。
足音を聞きつけたのか、男は天城と伊吹に視線をやる。
こちらを振り向いたその姿は、先ほど配信で見た白髪の男のものだ。
「おや、閉門時間も過ぎているのにこんなところになんの用かな?」
男は目を細めて、世間話でもするかのような声音で言う。
「俺たちはUGN、まあ異能力者の警察みたいなもんだ。妖怪騒ぎを起こしているアンタは看過できない。が、もしも力に目覚めたばかりで、力の使い方を知らなかったのならば罰を与えるようなことはしない。だから、この騒ぎを終わらせて欲しいんだ」
天城は戦闘意思を見せない友好的な態度で語りかける。男が目覚めたばかりでわけもわからず事件を起こしている可能性を考慮してのことだ。
「ふむ。なるほど。昼間に彼らを害して回っていたのは君たちだね。……答えは当然、”ノー”だ」
男の目つきが厳しくなる。身を刺す殺意に天城と伊吹の体の中のレネゲイドウイルスがざわつく。
「そうか。わかった」
昂る衝動を意志の力で抑え込みながら、天城は短く言葉を返す。その言葉が終わる頃には、自らの能力で作り出した炎を纏った大剣を構えていた。
天城から少し遅れて、隣に立つ伊吹も光でできた拳銃をその両手の中に作り出す。
紅葉舞う清水の舞台にて、日常を侵す者と守る者の戦いが幕を開けた。

「さあ、存分に力を振るってくれたまえ」
男が両手を広げ高らかに宣言すると、周囲の空気が赤く澱む。男から放たれた煙がその身に届くと、妖怪たちの殺気が数段階濃くなる。
闇の中で輝く瞳が、逆立つ毛が、腕に浮き上がる血管が、彼らの興奮と殺意を物語っていた。
「妖怪たちを強化され続けるのは厄介だ。なんとか隙を作って、さっさとあの男を倒すぞ」
「わかった」
天城の指示に、伊吹がうなずく。
「行くぞ!」
言葉を発すると同時に天城が飛び出す。天城は足場を氷に変え、倒すべき相手、白髪の男に向けて一直線に進んでゆく。
しかし、その行く手を阻むように数体の天狗が天城の前に踊り出る。
「そう簡単にはいかないか」
道を塞がれ、天城は速度を落とす。まずはこの天狗たちを切る――そう決めて大剣を振り下ろそうとする。
だが、その前に天狗たちは眩い光に眉間を撃ち抜かれて地に落ちた。
天城は少し驚きながら、けれど振り返ることはせずにもう一度速度を上げる。
そして白髪の男の元に辿り着くと、勢いのままに炎の大剣を振り下ろす。
並のオーヴァード、もしくはジャームであれば一撃で無力化できるほどの一振りであったが、しかしその攻撃は自らの身を盾とした鬼たちによって防がれてしまった。
自身を庇って倒れる鬼たちを見て、男はまるで嘆くかのように、一瞬だけまぶたを閉じる。
だが再びまぶたを開いたその時、男の瞳に悲しみの色はなかった。
「我々の目指す未来を邪魔しないでもらおうか」
温度のない声音と突き刺すような視線で男が言う。
その言葉と同時に、天城と伊吹を黒い煙が包み、圧倒的な恐怖が二人を襲う。いつの間にか男の周りにいる妖怪が増えている。その光景はまさに百鬼夜行だ。
そしてその百鬼夜行が二人を目掛けて一斉に攻撃を仕掛けてくる。
圧倒的な数の妖怪による攻撃だ。咄嗟に距離を取るが、躱しきれない。
「ぐっ……」
「くそっ」
天城と伊吹はそれぞれに声を上げながら、地に膝をつき倒れる。
 
「はっはっは。我々の勝ちだな。」
白髪の男が勝利を確信し、大きな笑い声を上げた。
居並ぶ妖怪たちも勝利を喜ぶ心があるのか、口々に雄叫びを上げた。
「これで百鬼夜行が集まるのをゆっくり待てるな。さて……」
男は倒れる天城と伊吹に視線をやる。
「ここに転がしておいてもいいが……、いや、景観の邪魔だな。舞台の外に捨てるか。君たち、手伝ってくれるかな?」
化け狐と猫又に声をかけると、男はコツコツと足音を立てながら天城と伊吹の方へと近づく。
男が天城のそばにしゃがみこみ、妖怪と共に持ち上げようとする。
だが男の手が天城に触れる直前、天城はゆっくりとその身を起こした。
男は驚き、数歩の距離を取る。
天城は大剣を支えに立ち上がり、視線は敵を見据えたまま、伊吹に向かって声をかける。
「おい、伊吹。楽しい修学旅行の最中だ。こんなところで倒れてる場合じゃないよな?」
「言われなくても、もう立ってる」
強がりを言いながら伊吹も立ち上がる。
立ち上がった天城と伊吹の視界には、数多の妖怪が蠢いている。その数は、二人で太刀打ちできるような数ではない。
しかし、百鬼夜行はまだ全て集まったわけではないという。
一度撤退し、京都支部の増援と合流しようとした場合、百鬼夜行が”完成”し、京都の街が取り返しのつかないことになるのではないか。
今ここで自分たちが倒さねば……、だが数が多すぎる。天城は内心焦りを感じながら思考する。
そんな天城の横で、伊吹は別のことを考えていた。小声で天城に声をかける。
「なあ天城、気になることがあるんだが」
「なんだ?」
「あの妖怪たち、急に現れただろう?妖怪が伝承の通りの性質を持っているとしたら、おかしくないか?妖怪が瞬間移動するって話はあんまり聞かない」
「確かにな」
敵への視線は逸らさないまま、天城は伊吹の声に耳を傾ける。
だからどうした、と思わないでもなかったが、短い付き合いでも伊吹がこんな状況で無駄話をするタイプではないことは知っている。
天城の相槌を聞いて、伊吹は話を続ける。
「あの男の言葉じゃ、百鬼夜行はまだ集まっていないらしい。あれだけたくさん居るのにまだ増えると考えると厄介だが、こう考えることはできないか?……あとから増えたやつらは妖怪じゃない。あの男がなんらかの能力で作り出した偽物で、あの男さえ倒せばいいことに変わりはない」
伊吹の仮説は馬鹿げた考えのようにも聞こえるし、非常にリスキーだ。男を倒したら消える偽物だと判断して戦いを続け、そうではなかったら天城と伊吹の身が危険に晒される。
だが、オーヴァードを相手にしている以上あり得ない話ではない。
「もしもそうだとするならば、従者か、分身か……。いや、あれだけの数の従者や分身を操れるやつはなかなかいない。もしかして、幻覚……か?」
男はその身から放つ煙で妖怪たちを強化している様子があった。おそらくはソラリスシンドロームを持っているだろう。そうであれば、その力を用いて天城と伊吹に幻覚を見せ、”攻撃されたという認識”が二人に大きなダメージを与えた、という仮説が成り立つ。妖怪たちが増える直前に二人が黒い煙に包まれたことも、その説を後押ししていた。
「伊吹、あとから増えた妖怪たちは幻覚、本当の妖怪は最初からいたやつらだけだ。だが、もしもそうじゃなかったら……、京都を守るために一緒に命をかけてくれるか?」
天城は覚悟を決め、伊吹に問いかける。
「……京都のために命をかける義理はないが、ここで帰りますってわけにもいかないだろ」
その言葉に、覚悟に、伊吹は応える。

「恐ろしくて逃げることもできない、といったところかな?」
致命傷を与えたはずなのに立ち上がる二人に距離を取っていた男が、警戒を続けながらも声を上げる。
「弱いものいじめの趣味はないのだけど、君たちを無事に帰してやることはできないよ。なんせ私の友人たちを傷つけたのだから」
天城と伊吹が、白髪の男が、妖怪たちが、その場にいる全員が臨戦体勢になる。
緊張感漂う空気の中、はじめに動き出したのは天城だった。
天城は氷を操り、全ての元凶たる男へと一直線に突き進む。
それを援護するように伊吹は光の弾丸を放つ。百の妖怪が蠢く中、卓越した記憶力を頼りにして、初めからいた”本物の”妖怪だけを撃ち抜いていく。
天城は伊吹を信頼して、残った妖怪とぶつかりそうになっても目を細めはすれど瞑らない。偽物――幻覚の妖怪を突き抜け、男の元へと辿りつき、大剣を振り下ろす。
炎を纏った大剣の一撃をまともに喰らった男は、短い悲鳴をあげながら倒れた。それと同時に妖怪の幻覚は消えた。

男たちを完全に倒していることを確認してから、天城は軽く笑みを浮かべて伊吹に右の拳を差し出す。
「ん」
短く答えながら、伊吹は自らの左の拳をぶつける。
「さて、まずは一度、只野さんに連絡するか。ボスっぽいやつは倒したが、残党が残ってるかもしれない。伊吹は周りを警戒しといてくれ」
「了解」
天城が只野に連絡をし、報告を入れる。一方只野からも現状の説明をされる。どうやら、清水寺に集まろうとしていた妖怪たちの多くは、同じく清水寺に向かっていた京都支部の増援によって倒されているらしい。
電話を切った天城は伊吹にも情報を共有する。
「後処理やらなんやらは向こうでやってくれるってさ。俺らの仕事はこれでおしまいだ。京都支部の人たちがここに到着次第、帰るぞ」
「わかった」
天城と伊吹は武器は構えたまま、体から少し力を抜く。
「ああ、そういや後で聞くって言ったけど、配信を見たとき、どうして男の居場所がわかったんだ?」
「男の後ろに柱が映ってただろ。この柱」
伊吹は取り立てて特徴もない柱を指差す。
「昨日ちらっと見ただけの柱を覚えてたのか?こんな特徴もない柱を?……ノイマンってすげえな」
天城は感心しながらうなずき、続ける。
「それに、覚醒したばっかりだってのになかなか戦いのセンスもあるんじゃないか?」
「そうか?」
天城の褒めるような物言いに、伊吹は喜ぶことも謙遜することもなく返事をする。
「ああ。戦闘中何度も、俺が戦いやすいように援護してくれたろ?覚醒したてでそういう冷静な戦い方ができるやつはそんなに多くねえと思う。それもノイマンシンドロームの力かもな」
「あー、どうだろうな。それはFPSで慣れてるからかも」
「FPS?」
「銃撃つゲーム」
「お前な……」
予想しなかった伊吹の言葉に、天城は呆れながら笑った。
そんなことを話しているうちに京都支部の処理班が到着し、天城と伊吹は自分たちの日常へと帰ることになった。

 ***

ホテルに着いた二人は、帰りが遅かったことでまたしても担任教師に怒られた。
お叱りもそこそこに夕食を食べに向かうと、今度は小林と鈴木に「急にいなくなりやがって」と責められた。
「納得いかねえ」
夕食が終わり、部屋に戻るタイミングで伊吹は小さく愚痴る。
むすっとした顔をした伊吹を見て、天城は小さく笑いながら言った。
「まあ、UGNエージェントにはよくあることだ。それより、あと少しだけど残りの修学旅行を楽しもうぜ。なんたって、俺たちが守った修学旅行なんだからな」
天城の態度に、伊吹は一人で拗ねているのもバカらしくなった。
「まあ、それもそうだな」
そうして天城と伊吹は昨日と同じように、ホテルの大浴場を堪能し、枕投げを堪能した。
それから消灯時間を迎えると、修学旅行二日目の疲れと戦いの疲れが合わさってすぐに眠った。

翌日、クラス全体で織物工場を見学し、修学旅行の予定は終了した。
京都駅から新幹線に乗って、N市へと帰る。
新幹線の座席を向かい合わせにして、天城と伊吹は小林、鈴木と大いに盛り上がった。
「そういや、伊吹が笑ってる写真って誰か撮れた?」
鈴木が思い出したように尋ねる。それぞれが撮った写真を確認するが、笑顔の伊吹はいなかった。
「お前、ちゃんと楽しんでた?」
小林がからかうように口にする。
「ああ」
伊吹のシンプルすぎる返答に、小林は笑う。
「まあ、これから先も色々行事なり遊びにいくことなりあるだろ。またそんときに撮ろうぜ」
天城も笑いながら言う。
「じゃあ最初に伊吹の笑顔の写真撮れたやつが勝ちな。学食の奢り賭けようぜ」
写真の腕に自信のある鈴木も言う。
「お前ら勝手に人で遊ぶなよ」
伊吹も呆れながらも楽しそうだった。

そうして、彼らの楽しい修学旅行は終わった。
けれど彼らの騒がしい日常と非日常の物語はまだまだ続く。
彼らが人であり続ける限り。

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テーマの著者 Anders Norén