ダブクロ卓「アリアドネの糸」の二次創作です。
この後の展開がわかる前にうわ〜〜〜〜ってなって書いたので、成立する……のか????
しないかも……になっていますがお気に入りなので消しません!!
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夕焼けが二人を照らす。
さっきも歩いた川沿いの道を、さっきとは逆の方向へと向かって歩いていく。
連絡先は交換した。伊織としては解散するならもう解散しても良かったが、夕希の名残惜しげな表情にもうしばらく一緒にいてもよいかと思った。
「そういえばこのあと、そっちの学校も打ち上げか?」
「え、うん。打ち上げ、やるみたいね」
「じゃあそっちに向かった方がいいか。場所は大学近くの繁華街か?N高の方はその辺でやるんだが」
「あ、いや。大丈夫。打ち上げには元々参加しないって言ってあるし。このまま帰るわ。ここからだと、駅の近くまで一緒かな」
夕希の答えを聞いて、伊織は考え込む素振りを見せる。が、それはほんの一瞬だった。
「いや〜、嘆かわしいね。せっかくの打ち上げに不参加なんて」
口を開けばいつも通りの軽い声音だ。
「別にいいでしょ。わたしが打ち上げに参加しようがしまいが」
「い〜や、よくないね」
そう言うと、夕希の方を向く。先ほどまでとは違い、真剣な表情がそこにあった。
「……お前が、二年前のことで学校とか友達とか、そういうもんにまで気を回す余裕がなかったことは想像つくよ。けどさ、オーヴァードにとって日常だって大事だろ。帰ってくるためのよすがっていうかさ」
「それは……」
戦い以外の日々が自分たちには必要なことは夕希も知っていた。知っていて今まで忘れていた。考えないようにしていた。自分の”日常”は二年前にすべて失われたと思っていたから。
「わかってるわよ。養成所時代にも散々聞かされたしね。でも別に普段ちゃんと学校には通ってるし、打ち上げに出る出ないは個人の自由じゃない」
夕希は不服だという顔をした。
そんな顔をしながらも、伊織の言っていることは正しいとは夕希も思う。オーヴァードである限りジャーム化のリスクは常に付きまとう。自分をヒトに繋ぎ止めてくれる絆は多いに越したことはない。打ち上げに出る出ないは置いといても、クラスメイトたちとはもっと積極的に関わった方がいいんだろう。
しかし、そもそも絆は作ろうと思って作れるものでもないし、夕希にとって大切な人を作ることは――そしてまた失うことは――怖いことだった。しかも、それを自分を置いていった伊織に言われることはなんだか癪だった。
「おいおい、そう怖い顔するなよ」
そう言いつつも夕希の怖い顔なんか見慣れたもので、伊織は肩をすくめて笑う。
「それにさ、これは俺の勝手な願いだけど、夕希にも普通の日常を楽しんで欲しいなって思うわけ。オーヴァードとかUGNとかそういうの関係無くさ」
答えが見つからずに黙る夕希に伊織は続ける。
「まあ打ち上げは出ても出なくてもいいけどさ。せっかく高校生なんだ。ちょっとくらい楽しんだってバチは当たんないと思うぜ」
伊織はニッと笑い、この話はここまでと言うように話題を変える。
「ところで学校は明日休みだよな?UGNの方もなんもないか?」
「うん。なにもない予定だけど」
夕希は話が変わったことに戸惑いと安心を感じつつ、答える。
「それなら、二年前の約束の残り半分ってことで誕生日パーティするか」
「随分遅い誕生日パーティね。でも、せっかくだしお願いしようかな」
そう言う夕希の表情は柔らかい。この二年の間は誰にも見せなかった表情だった。
「おし。決まりだな。それじゃあ明日は十一時頃にN市駅の改札前に集合ってことで」
それから二人は少しの間、とりとめもない話をしながら歩き、夕空が色を変え始める頃に駅の入り口へと着いた。
「この辺でいいか。俺は一旦帰るぜ。打ち上げまではまだちょっとあるもんでな」
伊織が立ち止まり言う。
「またよろしくな、夕希」
「うん。またね」
そう言ってお互いに軽く手を振ると、夕希は伊織に背を向けて改札を通る。
途中で一度だけ振り返ると、夕希の背中を見送っていた伊織が気付き手を振っていた。夕希も手を振り返してから家路へとつくのであった。
◆ ◆ ◆
翌日。
いつも通りの時間に起きた夕希は、いつもと同じようにジャージに着替え走り込みに出かける。朝の日差しがいつもより眩しい気がする。毎朝走る道だが、新しい発見がいくつかあった。
(こんなところに美味しそうなパン屋さんがあったんだ。今度行ってみようかな)
(この道、こんな綺麗な花が咲いてたんだ)
そんなことを考えながら、走り込みを終える。
シャワーを浴び、昨日のうちに準備していた服に着替えると、いつものようにしっかりと朝食を食べ、身支度をする。
いつもと同じ朝だが、夕希の後ろ姿を飾る髪留めだけが違っていた。
準備を終えたものの、待ち合わせの時間まではまだ大分時間がある。
普段の休日だったらこれから支部に向かい、トレーニングルームで鍛錬に明け暮れているところだ。休日に誰かと出かけるのは本当に久しぶりで、待ち合わせまでの暇な時間の過ごし方が夕希にはわからなかった。
とりあえず教科書を広げ、しばらく次の授業の予習をする。一通り予習したかった内容を終えて、時計を見ると十時を過ぎた頃だった。
今から出ると待ち合わせの二十分か三十分前くらいに着くだろう。ちょっと早いが、することもないしと早めに家を出る。
D市にある家を出てから、少し歩いて電車に乗る。
電車に乗っている間、単語帳を開こうとして今日は持ってきていないことを思い出す。
N市駅までの二駅の間、何もせずにふわふわと考え事をしながら時間を過ごした。
二年前は支部で借りている家が隣だったから、そういえば伊織と待ち合わせをするのは初めてだ。あいつのことだからちょっと遅れてくるかも。もう少しギリギリに出てくればよかったかな。そんなことを考えていると、電車がN市駅に着く。
夕希が改札を出ると、意外なことにそこには伊織がいた。スマートフォンを見ていて、夕希が改札から出てきたことには気づいていなかったが、近づくと顔をあげる。
「よお、早かったな」
「おはよ。そういうあんたの方こそ早いわね。十分くらい遅刻してくるかと思ってたけど」
「まあな。さて、それじゃあ行くか。と、その前に……」
伊織は夕希の後ろに回り込み、自分がプレゼントした髪留めをつけていることを確認するとうんうんと頷く。
「よし、ちゃんとつけてきてるな。気に入ってくれたようで結構結構」
「そりゃまあ、つけてくるわよ。せっかくもらったプレゼントだし、みんなで買ってくれたものだって話も聞いたし……」
夕希は言い訳をするようにモゴモゴと答えた。その様子に小さく笑いながら、伊織は歩き出す。
「行こう。二年越しで悪いが、誕生日パーティだ」
そうして二人は、N市のショッピングモールへと向かった。
ショッピングモールへ着くと、ウィンドウショッピングをしたり、ハンバーガーを食べたり、ペットショップで犬や猫を眺めたり、本屋でおすすめの本や漫画の話をしたりした。
その時間はまるで二年前の伊織の誕生日を祝った時のようで、過ぎた二年の月日なんかなかったかのように感じさせた。
「う〜ん、そろそろウィンドウショッピングにも飽きてきたし、映画でも見るか?それともゲーセンにでも行くかねえ」
「映画?今何やってるのかしら?」
「なんかなかなかすごいアクション映画がやってるらしいぜ。とりあえず見に行ってみるか」
そんな話をしながら、ショッピングモールの端に併設された映画館へと向かう。
その途中、前方から歩いてきた女子グループの一人が伊織を見てあっ、と声をあげる。
髪をそれぞれの色合いに染め、流行りのおしゃれな服を着た彼女たちは、伊織の学校の同級生だった。
「伊織くんじゃん!なになに、カノジョとデート中?」
グループのうちの一人、髪を明るい茶色に染めた少女が伊織に声をかける。他の少女たちも興味津々に、あるいは興味なさそうに伊織の回答を待っている。
「ん〜、まあそんなとこ」
「ちょっ、ちが!」
笑って適当に答える伊織に、夕希は慌てて否定する。
「あはは〜。振られてやんの」
伊織に声をかけた少女はかわいらしく笑う。伊織もはははと気安い笑いを返す。
「こっちに向かってるってことはこれから映画?何見るの?」
「それがまだ決まってなくてさ。鈴木さんたちは何か見てきたところ?」
「うん!アイドルの××くんが出てる恋愛映画でね!面白かったよ!おすすめ!」
「へー、恋愛映画か。う〜ん、面白そうだけど、ちょっと俺たちの好みとは違うかもしれないな」
「そっか〜、残念〜。いいの見つかるといいね。……っと、そろそろうちら行くね。また明日、学校で!」
「おう。また明日」
少女は大きく手を振りながら去っていく。グループの他の少女たちもそれぞれに手を振ったり、お辞儀をしたりして去っていった。伊織も彼女たちに小さく手を振りかえす。
「待たせたな。行こう」
「うん」
そう言って二人は再度歩き出した。
映画館に向かって歩いている間、夕希は上手く言葉にできない感情に戸惑っていた。
考えてみれば、今日ショッピングモールに来てから、他にも二度、伊織のクラスメイトに遭遇した。夕希に気を使ってくれたのかいずれもあまり長話はしなかったが、彼らと話す伊織の様子はとても親しげで。きっとN市高校で楽しくやっているのだろうと感じさせるには十分だった。
日常が欲しくなった。そう話した伊織が、普通の高校生たちと同じ日々を過ごせているならそれはいいことだ。だけど、何かが引っ掛かる。モヤモヤする。
「夕希?どうした?さっきから上の空だけど」
「え?ええと、いや、別にどうもしないけど」
そんな回答にも関わらず、伊織は立ち止まり、黙って夕希を見つめて次の言葉を待つ。
伊織の瞳に促されるようにして、夕希は整理できていないままの言葉をポツポツと口にする。
「なんていうか、あんたは今はもう普通の高校生やってるんだな、って思って」
「うん」
伊織は短く相槌だけを打つ。
「日常が欲しくなったって言ってたし、そういう風に過ごせてるならそれはきっといいことなんだけど」
「うん」
「なんか……」
そのあとに続く言葉はすぐには出てこなかった。それでも伊織は夕希の言葉を待っていた。
夕希は自分の思いの正体を探る。伊織が幸せに過ごしているならそれは嬉しいことで、実際に夕希も嬉しく思う。だけど何か、それだけじゃない気持ちがあった。
七年前に伊織と出会ってから、二年前に伊織を失うまで、夕希と伊織はずっと一緒だった。訓練という日常も、任務という日常も、そうではない日々も、一緒に過ごしたのは伊織だった。
だけどもう、伊織の日常は自分の隣じゃない。夕希にはそれがとても――。
気づいた感情は、今を楽しく過ごしている伊織に言うべきことではない気がした。だけど途中まで口に出してしまった言葉はもう戻せなくて、夕希は続きの言葉を探す。
「その、なんでもないの。ただ、ちょっとだけ……、伊織が遠くにいっちゃったみたいで、その……」
寂しい。その言葉は言えなかった。
「俺が遠くにいっちゃったみたい、ねえ」
伊織は夕希の言葉を繰り返す。
「今のなし!忘れて!大したことじゃないから!映画、行きましょう!」
伏せていた顔をあげて夕希は歩き出そうとするが、その腕を伊織が掴んで引き留める。
「俺としては、夕希から離れたつもりはねえんだけどな。死んだことになってた間は別だが、そういう話じゃないだろ?」
伊織は夕希の気持ちを確認するように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「今日だって一緒にこうしてるわけだしな。それにまた近いうちにどっか行こうって誘うつもりだったし」
それを聞いて、夕希は数度瞬きをして尋ねた。
「あんたの欲しい日常の中に、わたしもいていいの?」
「当たり前だろ。むしろいてくれなきゃ困る」
伊織は即答した。
「確かに今はもうUGNとは関わりたくないとは言ったが……。D市のみんなと、夕希と過ごす日々は俺にとって大切なもんだったよ。それは今も変わらない」
「そっか」
夕希は小さく笑った。
「それじゃあまあ、映画見にいくか」
「うん」
二人は映画館に向かって再び歩き出した。
◆ ◆ ◆
映画を観終わる頃には、夕方に差し掛かっていた。二人はファミレスで早めの夕食を取ることにした。映画の感想や学校の話、次に遊びに行きたい場所の話などを話していると、時間はあっという間にすぎた。
「そろそろ帰るか。駅まで送るよ」
伊織がそう言って席を立つ。
二人で支払いを済ませ、ショッピングモールを後にする。
「久々にこんなに遊んだわ。今日は楽しかった。ありがとう」
「ああ。俺もだ」
そんな話をしながら駅へと向かう。
ふと、伊織の左手が夕希の手の甲に触れた。その少し後には夕希の手は伊織の手の中に収まっていた。
「ちょ、ちょっと!なによ急に!」
昨日も長いこと手を繋いでいたというのに、夕希はまた慌てて手をブンブンと振った。
「ん?夜だから危ないかなと思ってさ」
伊織は冗談めかした口調で言う。
「別に危なくないわよ!適当なこと言って!」
「じゃあ俺がこうしたかっただけだ」
「だから!子どもでもないし、恋人でもないんだからって言ってるでしょ!」
夕希は変わらずに手を上下に振るが、伊織の手は離れない。本気で伊織に手を離させたければ夕希の力ならどうとでもできるのだが、それ以上の抵抗はしなかった。
「もう!ばか!わかったわよ!」
一言文句を言って抵抗を止める。
そこから駅までは手を繋ぎながら話をして歩いた。
駅に到着し、お互いにまたね、またなと挨拶をして別れる。
夕希が昨日と同じように途中で振り返ると、伊織もまた昨日と同じように手を振っていた。今日も夕希は手を振り返してから家路へとつくのであった。