ダブクロ卓「アリアドネの糸」の卓中シーンです。
時間もちょっとないし、書きたい人いたら宿題で書いてきてね!方式だったけど、そんなん言われたら書くんよ。
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「人間誰しもどんな些細なことでも脛に傷を持っているんだから」
「そこをつけば、手を出さなくても勝手に死んでくれる」
いつもとは違う声音の、でも確かに伊織のものだと感じられる声が聞こえた。その言葉を聞いた途端に視界が揺れ、周りにいたはずの仲間たちの気配が感じられなくなる。幸馬の姿も、手の届くほどそばにいたはずのニナと千隼の姿すらも見当たらない。
代わりに夕希の目の前にあったのは赤だった。
厳しいけれど的確なアドバイスをくれる先輩チルドレン。たまにこっそりと伊織や夕希にお菓子をくれる事務員。いつも夕希たちを引っ張ってくれるベテランエージェント。
いずれもD市支部に所属する夕希の大切な仲間だ。そんな彼らが、物言わぬただの赤い塊になっている。
「ひっ」
小さく悲鳴を上げながらも夕希は探す。生き残りの姿を。誰より大切な相棒の姿を。
この光景を夕希は知っている。この後に起こる出来事も。
もう二度と見たくない光景。思わず目を閉じるが、お構いなしにこの脳内再放送は続く。
現在の夕希の意思とは関係なく、その足は支部の奥へと向かっていた。
そこでは冴島が伊織を手にかけようとしていた。
「夕希……」
微かな声と共に伊織の腕が夕希に向かって伸ばされる。その手を取ろうと手を伸ばすが、二人の指先が触れる前に伊織の腕からは力が失われてしまった。
「伊織!?伊織!?」
狼狽える自分の声が聞こえる。
伊織は死んだ。明確に。疑いようもなく。
もう一度まざまざと見せつけられた大切な者の死。
常人にとっては死ぬ理由として十分なのかもしれない。だが――。
「だからなんだっていうのよ!」
苦悶の表情に顔を歪めながら、夕希は折れなかった。
こんなものを見せられたくらいで死ぬわけにはいかない。
何度も惨劇を夢に見た。それでも死を選ぶなんてことはしなかった。
氷をより冷たく研ぎ澄まして、炎をより熱く燃やして。
全てはD市のみんなの、伊織の仇を取るために。
この二年間、それだけが夕希を生かす理由だった。
そう復讐。復讐だ。それを終えるまで、夕希は倒れるわけにはいかなかった。
ザグレウスを倒して、みんなの仇を取って――。
夕希を取り巻いていた過去の光景が消える。
目の前に残されたのは桜庭伊織の姿をした人影だけだった。
伊織の形をした影は、伊織の声で言う。
「だから今度は自分たちで死んでもらおうと思って」
「俺は、死を理解したいんだ。人間が死ぬときにどういったことを考えるのかとか。単純に知りたいんだ」
影は、先ほども聞いた言葉を繰り返す。
ニナに言われた通りだ。子どもじゃないんだからわかってる。どう考えてもおかしい。
何があったかは詳しいことはわからない。だけど伊織がザグレウスで、D市支部の仇で、連続不審死事件の犯人で。
ああ、つまり。
自分の知ってる伊織はきっともうどこにもいない。そのことに気づいたとき、夕希は崩れ落ちた。
伊織がいない。そんなの、この二年間ずっとそうだったのに。
繋いだ手も、あの約束も最初からなかったはずのものなのに。
もう一度手にしたと思った夕希の一番大切な”日常”は、ザグレウスの好奇心を満たすための何かに過ぎなかった?
手にした温もりは偽物で、本物のそれが夕希の手の中に戻ることはもう二度とない。
「もう、いいかな?」
夕希は小さくこぼした。その目からはポロポロと涙が溢れていた。
「わたしだけ残されて、ずっとずっと、どうしてわたしだけ、って思ってた!N市の応援なんかなければ、わたしもみんなと一緒に死ねたのに!そっちの方がずっとずっとよかったのに!」
死ぬのは簡単だ。
復讐のために研いできた剣で首でも切ればいい。
夕希は泣いたせいで痛む頭を抑えて立ちあがろうとした。
すると、指先にいつもと違う感触がした。
つつとそのまま指でなぞると知らない植物の形に触れる。
夕希は知らない。伊織がどんな思いを込めてこれを選んだのか。
もしかしたらこの髪留めだって、ザグレウスが用意した好奇心を満たすための仕掛けの一つなのかもしれない。
だけど何故か、夕希にはそうは思えなかった。
あの時間はきっと嘘じゃない。
手を繋いで歩いたことも、一緒にザグレウスを倒すと約束したことも。
伊織は”ここにいる”と言った。他の誰が信じなくても、夕希だけは最後まで信じないわけにはいかない。
そして夕希は立ち上がる。死ぬためではなく生きるために。
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夕希は伊織がどんな思いを込めて髪留めを選んだのか知らないけど、私たちは知ることができます。GMのふせ!!