DX3rd/What am I to you
During ZERO-3/“Beast” Hunting
ダブクロ卓「What am I to you」の過去編二次創作。
天城と伊吹が約束をする話。
—
その日はしとしとと雨が降っていた。
梅雨はずいぶん前に明けたはずなのに、ここのところ夏らしくない雨が続いている。時刻は真昼間なのに、空は暗い。
傘を差した伊吹は早歩きで大学の門を出ると、近くに停められていた黒い車に乗り込む。
「本当なんですか!植木さんがジャーム化したって!」
後部座席に乗り込み車の扉を閉めるや否や、運転席の只野に対して伊吹は尋ねる。
「……ええ、残念ですが、おそらく」
只野は車を発進させながら答えた。
運転席の後ろには先に乗車していた天城が座っており、渋い表情をしている。
「おそらくってことはまだそうじゃない可能性もあるんですか!?」
伊吹は只野に詰め寄る。伊吹がエージェントになってもう三年が経つ。只野の答えはわかっていたが、認めたくなかった。
「行動からして、ほぼ間違いなくジャームになっていることでしょう。万が一ジャーム化していなかったとしても、人々に危害を加えている以上、対処する必要があります」
只野は声に少しの悲しさを滲ませてはいたが、前を向いたまま毅然とした態度で告げた。
「……それで、今回の任務は、植木さんの討伐ってことですか?」
「はい。今からY市に向かいます。現在、Y市支部のエージェントが被害を最小限に抑えるため、植木さんの攻撃を引きつけています。しかしY市の戦力では植木さんを倒すことは難しいでしょう。ですので、お二人に対応……いえ、討伐していただくことになります」
その言葉に、伊吹は力を抜いて車の座席にもたれかかる。
目的地に到着するまでの道すがら、只野は今回の成り行きを説明する。
現在の目的地でもある研究所内のある研究室がFHに関与しており、より強いオーヴァード――もしくはジャームを作る実験を行っていた。
植木とY市支部の数人のエージェントは、研究データと実験体を押収する目的で研究所へ向かったのだという。
事前の調査では戦闘能力に優れた者はおらず、研究を生業としている者が数人いるだけだろうと考えられていた。しかし、実験体がすでに強い力に目覚めて活動できるようになっている可能性を考慮して、戦闘に特に長けた植木が任務に加えられたのだ。
植木たちが現場に到着したときには、すでに研究者たちはいなかった。正確にいえば、研究者たちの死体だけがあった。
本来なら厳重に管理されているはずだった三体の実験体たちが研究室を破壊し尽くしていた。おそらく研究室内で何か手違いがあったのだろう。彼らの能力を縛るものはもうなかった。
植木たちは実験体と交戦し、無事打ち倒した。
しかし力を使いすぎた植木は”人間”ではなくなってしまっていた――。
「改めてですが、現在Y市支部には植木さんの行動を妨害する形で被害を最小限に食い止めてもらっています。その甲斐あって、植木さんはまだ研究所内に留まっているとのことです。ですがそれも時間の問題です」
植木の強さは天城と伊吹もよく知っている。あの圧倒的な雷撃が市街地を焼くことを考えると一体どれだけの被害が出るのか、想像が及ばない。
ジャームになってしまえば殺すしかないのだ。そうしなければ、関係ない大勢の人たちが死ぬ。天城はもちろん、伊吹だってもうわかっている。
「植木さんを知っているあなた方には特に辛い任務だとは思います。ですが、どうかお願いします」
「わかりました」
天城と伊吹はそれぞれに短く返事をし、車は目的の研究所へと到着した。
二人が車を降りて扉を閉めると同時に、研究所の二階の窓ガラスが轟音と閃光とともに吹き飛ぶ。
「あそこみたいだな」
「ああ。行くぞ」
短くやり取りをして、いつものように天城が前、伊吹が後ろを位置取って研究所へと飛び込む。
研究所に足を踏み入れると、不快な、焦げたにおいがする。おそらく肉が焦げたにおいだろう。
伊吹は右腕に仕込んだリニアキャノンをすぐに放てるように起動する。
警戒心を保ちながら階段を一段飛ばしで駆け上がる。
二階に着き、先ほど窓が割れた部屋へと向かう。その間に天城も両手に大剣を作り出していた。
扉はなかった。おそらく植木の電撃で吹き飛んだのだろう。残骸が廊下に落ちていた。
部屋の中からはY市のエージェントのものであろう悲痛な声が聞こえる。
天城と伊吹は一度目を合わせると部屋の中を素早く確認し、飛び込む。
二人の気配を感じた植木が顔だけで振り向く。
植木は、部屋の中央で自身の小型浮遊砲を構えながら立っていた。武器の先にはY市支部のエージェントであろう青年が、負傷した仲間を庇うように立っている。
防戦一方の戦いでかなり消耗しているのだろう。これ以上の攻撃には耐えられなさそうだ
植木の注意が逸れたのを見て、Y市支部のエージェントが仲間を引きずって後ずさる。
その音に植木はエージェントの方を向き直り小型浮遊砲を放つが、左腕を撃たれ狙いとは違う場所に着弾する。
「今だ!逃げろ!」
伊吹はエージェントに向かって声を張り上げる。
Y市支部のエージェントは仲間を背負い、扉に向かって逃げ出そうとする。
手負いの獲物を逃すまいと植木はもう一発放とうとするが、天城が氷の道を辿って植木の元に辿り着き炎を纏った大剣を振り下ろす。
植木は右腕でその攻撃を受ける。身体を機械化している植木にとって、普通の斬撃であれば大したダメージではなかっただろう。だが、天城の持つモルフェウスの能力は物質を強くすることもできるが弱くすることもできる。
天城の攻撃は植木の腕の金属類を溶かして、そのまま右腕を切断した。
右腕が失くなるやいなや、植木は後ろに飛びすさりそれ以上の傷を負うのを避ける。
天城と伊吹が植木の気を引いている間に、エージェントは扉に辿りつくことができたようだ。
「離脱します!」
一言聞こえて足音が去っていった。
部屋には植木と天城と伊吹だけが残った。
植木は逃げ出すエージェントには興味を失くしたのか、目の前のもっと活きがいい獲物たちへと視線を移した。
その目に理性はなかった。
信じたくないと半ば祈るようにしながらここまできた伊吹も、理解するしかなかった。
植木はもう、人間ではない。
目の前の怪物はもう一度小型浮遊砲を構えると、天城に向かって放った。
植木の能力は自らの身体が傷つけられれば傷つけられる、命を削れば命を削るほど勢いを増す。そのことは天城と伊吹も一緒に戦ったことがあるから知っていた。
天城からの攻撃を受け、先ほどより追い詰められた今、植木の放つ雷撃は先ほどとは段違いだった。
近距離からの一撃を躱しきれず、勢いを殺すこともできず、天城の脇腹がえぐれる。
「ぐああっ……」
天城の口から声が漏れる。伊吹も、視線を植木から外さずに歯を食いしばる。
オーヴァードである以上すぐに死んだりはしないが、早く戦闘を終わらせてしっかりした治療を受けなければ流石に危ないだろう。
植木自身も攻撃の反動で一瞬よろめくが、伊吹はその隙を見逃さなかった。
植木の眉間に向かってリニアキャノンを打ち込む。
植木の身体の大部分は金属が入っているが、頭には入っていないはずだ。
伊吹の放った一撃は植木の頭を撃ち抜くが、同時に植木も伊吹に向かって雷撃を放っていた。
植木の最期の雷は今まででもっとも激しいものだった。
かろうじて急所は外れたが、攻撃が当たった左肩を起点に伊吹の全身に激痛が走る。
植木が倒れて二度と立ち上がらないことを確認しながら、伊吹も意識を手放した。
***
伊吹が次に目を開けたとき、初めに見えたのは白い天井だった。
植木の雷撃を浴びた左肩が痛む。
痛みの中で思い出したのは、植木をこの手で殺したこと。そして――。
「天城!?」
伊吹は、目の前で脇腹を抉られた相棒の姿を探そうと体を起こす。
いくらオーヴァードとはいえ、あの傷ではもしものことも考えられる。
焦りながら立ちあがろうとすると、右手に繋がれた点滴のチューブが引っ張られて器材が倒れ、ガシャンと大きな音を立てる。
伊吹自身も一度は立ち上がれたものの、オーヴァードでなければすでに死んでいるほどの怪我をしたのだ。足元がふらつき、ベッドのそばにしりもちをつく。
目をつぶり、めまいがおさまるのを待っていると、頭上から声が聞こえた。
「伊吹?」
その声はかすれて小さい。だが、天城は生きている。
伊吹は小さく息を吐いてから返事をする。
「……無事みたいだな」
「ああ……」
どうやら天城は、伊吹の隣のベッドに寝かされていたらしい。
二人の間にしばらくの沈黙が続いた。
少ししてめまいが落ち着いた伊吹がふらりと立ち上がるとベッドに腰掛ける。
それを見て天城も体を起こそうとするが、小さくうめき声をあげる。
「おい、脇腹穴空いてんだろ。寝てろよ」
伊吹が止めるも、天城は案外軽い口調で笑う。
「たぶん誰か回復系の能力を持ったオーヴァードがいたんだろうな。まだ痛みは……まあかなりあるけど、傷自体は塞がってるみたいだ」
そのまま起き上がった天城は、真剣な表情で伊吹に聞く。
「それで……、植木さんは?」
「……俺が殺した」
「そうか。……嫌なこと任せちまったな」
「ああ……」
再び沈黙が続く。
天城も伊吹も、ああなってしまった以上植木を殺すしかなかったことはわかりすぎるほどわかっていた。
だがそれでも、ただただ苦しかった。
「さて、二人とも目が覚めたことだし、只野さんに報告しなきゃな」
五分経ったか十分経ったか。空気を変えるように天城が言う。
枕元のコールを鳴らし、医務担当のエージェントに繋がると只野を呼んでほしいと伝える。
白衣を着た男性が来て二人の傷の様子を確認していると、遅れて只野も到着した。
「天城さん、伊吹さん、よかった。お二人とも、大怪我だったので心配していたんです。痛みはどうですか?」
「まだ痛みますが、なんとか大丈夫そうです」
「俺も同じです」
天城が、続いて伊吹が答える。
只野はほっと息を吐く。
「詳細な報告は後日で構いません。植木さんを……討伐できたことは他のエージェントが確認しています。今日はゆっくり休んでください。お二人の容体はどうですか?」
「傷は塞いだし、あとはお二人くらいの強力なオーヴァードであれば一晩寝れば大体治るでしょう。ここで一晩過ごしてもいいですし、自宅に帰っても大丈夫ですよ」
Y市の医療エージェントの返事を聞き、只野が二人に尋ねる。
「自宅で休みたいようでしたら車でお送りします。どうしますか?」
「どうする?伊吹」
「そうだな……」
只野と天城の視線を受けながら、伊吹は少し思案する。正直どちらでもよかったので、疲れた頭では即答できなかったのだ。
「俺は……N市に帰りたいかな。自分ちの方が落ち着いて眠れそうだ」
伊吹が答えを返さないでいると、天城が冗談を言うような口調で告げる。
「そうか、なら帰ろう」
「ああ。只野さん、お願いできますか?」
「もちろんです」
そして二人は只野の運転する車でそれぞれの自宅へと帰った。
車内では誰も口を開かず、ときおりウィンカーの音だけが響く。
車に乗って一時間もしないうちに見慣れた街の夜景とN市のシンボルの巨大観覧車が見えてきて、二人は日常に帰ってきたことを感じた。
***
家に帰ってすぐ、着替えと歯磨きだけをすますと伊吹はベッドに入った。
昼から何も食べていないから腹の中は空っぽのはずだったが、空腹感は感じなかった。
何度も寝返りを打つ。疲れているはずなのに眠れないのは、Y市の医務室でしばらく意識を失っていたからという理由だけではないだろう。
いつもなら気にならないようなカーテンの隙間から入り込む外の明かりが、家の前の道を通るトラックの音が、やけに気になる。
眠れなさそうだ。そう判断した伊吹は、ベッドから起き上がると服を着替えて外へ出た。
行く宛はないが、とりあえず歩き慣れた駅への道を歩く。
夜の一時を過ぎたN市の街はいつも通りだった。
相変わらず小雨が降っていたが、雨に反射した街灯や看板の光が、居酒屋の前でたむろする学生たちの声が、明るい。
伊吹は無心で歩いた。家から十分ほどで最寄りの駅につく。
少し遠回りをして家に帰ろう。
そう思って大通りに出て少し歩いたときだった。背後から聞きなれた声がかかる。
「よお。伊吹」
振り返るとそこにはバイクに跨る天城がいた。
「天城」
「ちょっと夜風に当たりたくてな。お前もか?」
「まあそんな感じだ」
天城は会話をしつつバイクを降りて、手で押しながら歩道に侵入する。
そのまま二人は並んで歩いた。アスファルトを踏む靴の音と、天城が押すバイクのタイヤの転がる音だけが響く。
もうすぐ伊吹の家に着くというところで、天城が話を始めた。
「……植木さんのこと、残念だった。なんて言葉じゃ表しきれないが……。特にお前にとっちゃ師匠みたいな人でもあったろ?」
「そうだな」
伊吹は相槌を打つ。
「知ってる人がジャームになるのはさ、初めて……じゃねえけど、姫川のときはわけがわからないままああなったから。今、結構動揺してる」
珍しく感情を漏らした伊吹の言葉を聞いてか聞かずか、天城はしばしの沈黙のあと口を開く。
「なぁ、もし俺がジャームになったらどうする」
伊吹は驚かない。植木がジャームになって、それを殺して、自分や天城がいつか同じようになってしまうことを想像しないわけではなかった。
だけど、どうすると聞かれてすぐには答えを返せなかった。返事など一つしかないとわかっているのに。
「こうやってUGNのエージェントとして最前線で一緒に活動してんだ。一度は考えるとまではいかなくても、ふと思ったことぐらいあるだろ。特に、今回みたいなことがあれば」
「ああ、そうだな」
伊吹が質問の答えを返さないので、天城は言葉を続ける。
「はは、まあ答えづらいよな。じゃあ、お前はどうして欲しい?もしもジャームになったら」
天城の考えていることが、伊吹にはよくわかった。
一度だけまばたきをして、しっかりとした口調で宣言する。
「そのときは……、俺がジャームになるようなことがあれば、きっと一番近くにいるのはお前だと思う。だから、お前が止めてくれ。……そんで、お前がジャームになったら俺が殺してやるよ。お前が悪さする前にさ」
天城は伊吹の言葉を聞いて微かな笑みを浮かべた。
「ああ。約束だぞ」
そして二人はどちらからともなく拳を合わせた。
やがて伊吹の家の前に着く。
「さて、明日は朝一で報告書だな。さっさと寝ろよ」
「ああ、お前もな」
そんな軽口を叩きながら、また明日、と言って二人は別れる。
大切な誰かを殺しても、日常は続く。
そんな日常の中を、彼らは進み続けるのだった。