ダブクロ卓「What am I to you」の二次創作。
杉宮と東雲が会話してるだけの話。
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「あんな面白みのない男放っておいて、私と組まない?」
タバコの煙を吐きながら、東雲が言う。
「あー、それもいいかもしれませんね」
同じく煙を吐き出しながら、杉宮も答える。
数時間前に完了した任務は、東雲と杉宮と、それから他数人でのジャームの討伐任務だった。杉宮にとって、伊吹以外との任務は初めてだったが、結果は大成功。エージェントに被害が出ることもなかったし、処理班の仕事もそう多くはないはずだ。
連携はしっかりと取れていたし、お互いの強みを生かした戦いができた。
「伊吹先輩との任務よりずっとやりやすかった」と、杉宮は思った。そう思ってしまった途端、なんだか無性にタバコを吸いたくなって、駆け込んだ喫煙室にて東雲と再会したのである。
「あら、じゃあ本当に私と組んじゃう?」
意外とあっさりした杉宮の言葉に目を丸くしながら、東雲が言う。
「いえ」
杉宮は控えめに否定の意を示す。
「別に伊吹先輩とコンビでいたいとかはないですけど、一応上からの指示なので」
「そんなの、林檎ちゃんに言えばどうとでもなるわよ。言いづらかったら、私から言ってもいいし」
「はあ」
「まあ、別に答えはいつでもいいわ」
そう言うと東雲は、タバコの火を消し、手をひらひらと振りながら喫煙室を出ていった。
煙をゆっくりと吐き出しながら、杉宮は東雲から言われたことを考える。
杉宮にとって、伊吹は命の恩人である。当時相棒だった天城と共に、覚醒したてで右も左も分からない状態の杉宮を救ってくれた人だ。そして全くもって認めたくはないが、憧れとか尊敬とか、そう言い表すのが近いような感情を抱いてもいる。
そんな伊吹とコンビを組むのは、ただでさえ杉宮にとって荷が重かった。しかも伊吹のよき相棒であった天城の後任としてである。
伊吹の隣に立つのに、自分はふさわしくない。それが杉宮の自己評価だった。
伊吹とのコンビを解消して、別の誰かと組めるならどれほど楽だろう。杉宮は思った。だが、それは選べなかった。伊吹と組んでいたい訳では決してなかったが、それでも自分からその立場を手放すこともできなかった。
その自己矛盾を自覚しつつも、どうすることもできない自分自身を自嘲して、杉宮は煙を吐いた。
***
「それでどう?そろそろ、私と組む気になった?」
タバコの煙を吐きながら、東雲が言う。
「あー、そうですね」
同じく煙を吐き出しながら、杉宮も答える。
ジャーム化した天城を伊吹が殺してから一週間が経った。
普段はほとんどタバコを吸わない杉宮だが、天城が死んだ日からは毎日のように吸っている。
今日も杉宮が喫煙室でタバコを吸っていると、東雲がやってきて、開口一番に口説いてくるのであった。
「私と楓ちゃん、結構相性いいと思うわよ?知ってるでしょう?」
「確かにそうかもしれませんね」
「じゃあ」
「いえ」
杉宮は一見すると控えめな態度で否定をする。
「あら、つれないわね」
東雲は杉宮の冷たい態度を全くに気にしていない様子で続ける。
「でもどうして断るの?天城くんとの決着もついて、伊吹くんだってもう放っておいても平気だと思うけど」
「別に伊吹先輩が心配で一緒にいたわけじゃありませんよ」
杉宮は眉をひそめて答える。
天城との決着をつけたことで、伊吹は心の整理をつけたようで、以前よりも周囲に対する態度が丸くなった気がする。おそらく、天城が行方不明になる前の伊吹に戻ったのだろう。
一方の杉宮はというと、天城との関係が深かった訳でもないのに、未だに心の落とし所を見つけられないでいる。
「そうね。それはわかるわ。でも楓ちゃんが伊吹くんとコンビで居続けてる理由がわからないの」
東雲は煙を吐き出す。
「このまま伊吹くんと組んでいても、楓ちゃんがしんどくなるだけじゃないの?」
「……そんなことはありませんよ」
東雲が何を見てそう思ったのかはわからないが、その言葉自体は的を射ていた。
杉宮にとって、伊吹の隣にいることは変わらず重荷で、けれどもだからといってその居場所を手放すことも受け入れることも選べなかった。
ジャーム化した天城を見たことで、雲の上の存在のように感じていた彼も、自分と同じただの人間だった、ということは嫌という程わかった。伊吹もそうだということは頭ではわかっている。
それでも、自分にとって特別な存在である伊吹の隣にいるのが、天城ではなく自分だという現実を、杉宮は未だ認められなかった。
「まあ、いいわ。辛くなったらいつでも逃げていいの。それだけは覚えておいて」
東雲は杉宮を見つめながら、いつもとは違う真剣な表情で告げる。
東雲にとって、杉宮が自分と組むかどうかということはどうでもよかった。ただ、伊吹と一緒にいることによって杉宮が潰れてしまわないかが心配だった。
「……わかりました」
杉宮は少しの間を置いて、素直な言葉を返す。
しかし内心では、自分の意志で伊吹とのコンビを解消することはできないだろうとわかっていた。上からの指示か、伊吹からの拒否がない限り、このままの状態が続くのだろう。
隠しきれない頑なさに気づいて、東雲は苦笑した。
***
「楓ちゃん、この前はお疲れ様。大変な戦いだったわね」
タバコを吸い終え、喫煙室から出てきた東雲が言う。
「ええ」
偶然通りかかり、東雲と遭遇した杉宮も答える。
ブラックカーテン、只野茂武男との戦いを終え、一ヶ月が経った。ずっと仲間だと思っていた存在が、一連の事件の黒幕だったと知って、N市支部は大きな衝撃を受けた。
後処理が少し落ち着いて来た中、二人は支部にて鉢合わせしたのだった。
「これから吸うところ?」
右手でタバコを吸う仕草をしてみせながら東雲が尋ねる。
「いえ、今は別に吸わなくてもいいかなと」
杉宮はやんわりと否定する。
「あら、そう。最近はあんまり、タバコを吸いに来ないのね」
「ええ、まあ」
この一ヶ月、東雲は杉宮と喫煙室で会っていない。実際、杉宮は近頃はタバコを吸っていなかった。吸う必要がなかったのだ。
杉宮にとってタバコは、嫌なことや辛いことがあった時につい手を出してしまう存在だった。
只野が黒幕だったことは、もちろん杉宮にとっても大きな衝撃ではあったが、引きずることはなかった。それまで仲間として振舞っていたとはいえ、敵は敵だとわかっていたし、全てが終わったのだという安心感の方が大きかったからだ。
「そういえば、伊吹くんとご飯食べに行ったらしいわね。何食べたの?」
東雲が話題を変えて会話を続ける。
「パスタです」
「楽しかった?」
「ええと、まあ、それなりに」
ブラックカーテンとの戦いが終わった次の日、杉宮は伊吹から「お前とちゃんと相棒になりたい」と言われ、食事に誘われた。
杉宮は「奢りならいいですよ」と答え、二人で夕食を食べに行くことになったのだ。
自分が伊吹の相棒だという事実に、杉宮はまだ慣れない。慣れないが、少しだけなら歩み寄ってもいいような気がしていた。
杉宮の今までよりも柔らかい表情を見て、東雲は安心する。
「ねえ楓ちゃん、やっぱり私と組まない?って聞いたらどうする?」
「そうですね……」
杉宮は少しの間、思案する素振りを見せる。そして、東雲の方をしっかりと見つめて、答える。
「お誘いはありがたいですけれど、やめときます。……別に伊吹先輩とコンビでいたいとかはないですけど、まあ、一応、上からの指示なので」
東雲は目をパチクリとさせると、小さく微笑みを漏らした。
「ふふふ、そんなの、林檎ちゃんに言えばどうとでもなるわよ。でも、そうね、そういうことならわかったわ」
東雲は、杉宮が自分の意志で誘いを拒否する言葉を初めて聞いた。それは、ひどく回りくどくてわかりにくいけれど、杉宮が伊吹の相棒であることをついに選んだということでもある。
おかしそうに笑う東雲を見て、杉宮はなんだか恥ずかしくなった。
「そろそろ仕事に戻るので。失礼します」
背を向けて立ち去る杉宮に、東雲はその場から声をかける。
「伊吹くんと仲良くね!」
「そんなんじゃありませんから!」
杉宮は振り返り、少し怒った顔を作りながら言う。
「わかってるわ」
今はまだ、この支部には問題は山積みだけれど、とりあえず杉宮は大丈夫そうだ。
そんなことを考えながら、東雲も仕事に戻るのだった。