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プロローグ 宴の後に

カイリディの連作短編小説の1話目です。

諸悪の根源、ゼロムスを倒したセシルたち一行は、数日の時間をかけて月からミシディアに帰ってきた。

魔導船から降りたセシルたちに、はじめに駆け寄ってきたのはパロムとポロムだった。
その後、一緒に戦った仲間とミシディアの人々が次々にやってきて、労いや感謝の言葉をかけてくれる。
どうやらセシルたちの到着を皆で待っていたらしい。
場所を聖堂に移して、そのまま豪勢な宴が始まった。

宴が始まって数刻ーー。
あれ?なんだかふわふわしてきた。レビテトみたいな感覚がする、とリディアは思った。
> もしかしてローザが酔っ払って間違えちゃったのかしら、と探してみるが、しっかりとした様子でミシディアの長老と語らっていた。
よくわからないけれどまあいっか、と手に持っていた飲みなれない味のジュースを飲み干す。
「これ、お酒じゃないわ。他の人のグラスと取り違えちゃったみたい」と誰かが話す声を聞きながら、リディアはその場に座り込んで寝てしまった。

「すまん、起こしたな」
頭が持ち上げられる感覚にリディアが目を開けると、すぐそばからカインの声が聞こえた。
「悪いが、一度体を起こしてくれると助かる」
寝ぼけた頭で考えて、カインの膝を枕にして寝ていたことに気づく。
「ごっ、ごめんね」リディアは慌てて体を起こす。

聖堂の床に直接寝ていたようで、体が少し痛んだリディアは大きく伸びをした。
「本当はベッドに運んでやれればよかったんだが、見ての通りの有様でな。どこで休めるか、聞けるやつがいなかった」
リディアがあたりを見回すと、確かになかなかの惨状だった。
大声で喧嘩をしながら飲み比べをするエッジとシドをはじめとして、大層酔っ払った様子の大人たちがたくさんいる。
一方、部屋の隅ではリディアと同じように寝ている人たちも何人もいた。酔いつぶれてしまったらしい。
「あはは、確かにすごいね」リディアは苦笑する。

「でもごめんね。カインもまだお酒飲んだり、したかったんじゃない?あたしは大丈夫だから、行ってもいいよ」
リディアが尋ねると、カインは少し目を伏せて、
「……いや、むしろ酔い冷ましに少し風にあたってこようかと思っていたところだ。起こして悪かったな」と答えた。
「ううん、大丈夫。それじゃあ行ってらっしゃい」
酔っ払いたちを身軽に避けて、カインは聖堂の外へと歩いて行った。

その背中を見送ったリディアは、しばらくの間は膝を抱えてカインが戻ってくるのを待っていたが、やがてそのまま眠ってしまった。

翌朝リディアの目が覚めたとき、カインの姿はどこにもなかった。

一日かけてミシディアの町中を探しても、カインは見つからなかった。

「あの時、あたしが気づいて止めていれば……」リディアの瞳は潤んで、今にも泣きそうだった。
セシルとローザも見るからに落ち込んでいる。
「行くなって言って黙って聞くようなヤツじゃねえだろ」と一人普段通りの様子のエッジが言った。
「そうかもしれないけど……!」
「それにそんじょそこいらで野垂れ死ぬようなヤツでもねえ。ほっときゃあいいんだ」言いながらエッジはそっぽを向く。いつも真っ向からぶつかってくるエッジにしては珍しいことだ。

「セシル……!」
リディアは助けを求めるようにセシルを見つめた。
セシルは少し考える素振りを見せてから、
「そうだね……。カインがいなくなってしまったことはさみしいけれど、それがカインの決断なら僕はそれを尊重したい」と答えた。
「それに、いつかフラッと帰ってくるかもしれないしね」薄く微笑みながらいうが、セシルは嘘が得意ではない。本心ではないことは話を聞いている全員にわかった。

「ローザ……」
ローザにも助けを求めるが、目を伏せるだけで答えは返ってこない。

カインを探しに行く必要はないというエッジとセシルの言葉は確かに正しいのかもしれない、とリディアは思った。
一緒に旅をしてきた中で、カインが強いことは知っている。料理だってテントの設営だってできて、一人で旅をしていけるであろうことも。
きっと探して欲しくないんだろうな、ということもわかっていた。
それでも、カインが居なくなったことをただ受け入れて、何もなかったかのように過ごすことなんてできない。

「たしかにカインは一人でも心配ないのかもしれない」

「だけど……」
「だけどあたし、カインを探すよ」

リディアは顔を上げて、はっきりと言った。その瞳にはもう迷いはなかった。
もとより帰る場所もない身だ。
カインを探して世界中を回ってみるのもいいかもしれない。

「お前も言うことを聞かねーやつだな」
エッジが諦めたようにため息をつきながら言う。
リディアほどの魔道の才があれば、街道近くで出る魔物程度は苦にならないだろう。
それでも幻界で育ったゆえに世間ズレしたところのあるリディアを、一人で旅に出させるのは心配だとエッジは思った。

心配に思ったのはセシルも一緒で、言葉を尽くして止めようとする。
だがリディアは黙って首を振るばかりだった。
自分の説得を聞いてもリディアの決意は全く揺らがない。そう思ったセシルは、ローザに視線を送る。
彼女ならきっと、上手くリディアを納得させてくれるはずだろうと。

だが、セシルの思惑も虚しく、「リディアがそう決めたのなら、私は止めないわ」とローザは答えた。
ローザにとってもカインはもちろん大切な人だ。しかしローザは、カインを探しに行こうと決心することはできなかった。
これからバロンを立て直すために忙しくなるであろうセシルを支えたいという気持ちもあったが、それ以上に自分が探しに行ってもいいのかという負い目があるのだ。

だけどもし、セシルが急に何処かへ行ってしまったとしたら。どんな負い目があったとしても、どこまででも探すだろう。
そんな自分に、リディアを止めることなんてできない、とローザは思っていた。

「ローザ!?」
狼狽えるセシルに対して、ローザはにっこりと笑って言う。
「かわいい子には旅をさせよっていうでしょう?」

それからローザはリディアといくつかの約束をした。
定期的に手紙を送ること。助けが必要な時はその町の人に手伝ってもらうこと。だけど知らない人には簡単についていかないこと……。

「これなら、何も決めないでこっそり1人で旅に出られるよりは安心でしょう?」と言いながら、ローザは女性らしい文字で紙に書き連ねていく。

そこにエッジが非常に癖の強い字でもう一つの約束を付け加える。
ーー世界を一周したら旅は終わりにすること。

「世界を一周して、それでもカインの野郎が見つからなかったら、そんときゃあ探しても見つからないってことだ。潔く諦めてあいつが帰ってくるのを待とうぜ」

そうしてリディアは、カインを探す旅に出るのだった。

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テーマの著者 Anders Norén